1. プロフィール概要
儀間 真謹(1896年 – 1989年)は日本の空手家で、儀間派松濤館流最高師範を務めた人物です。経歴としては鹿島建設参与、沖縄空手道協会会長、全日本空手道連盟相談役、全日本空手道志誠会連合名誉会長などを歴任しました。
2. 出身・学歴
沖縄県首里区(現・那覇市)出身で、旧制東京商科大学(現・一橋大学)を卒業しています。空手家としては珍しく、旧制商科大学という高等教育を受けたエリートでもありました。
3. 空手修行の経歴
儀間の空手修行は、前回取り上げた糸洲安恒との縁からスタートしています。
- 1912年:糸洲安恒、屋部憲通に師事しました。糸洲門下という点で、摩文仁賢和や船越義珍と同門にあたります。
- 1922年:船越義珍の手伝いとなり、本格的に船越の下で学び始めます。
- 1923年:船越より初段を授与されました。船越の直弟子として認められた形です。
つまり儀間は、糸洲安恒に学んだのち、船越義珍門下に入って松濤館流の系譜を継いだという経歴を持ちます。
4. その後のキャリアと流派の確立
- 日本空手協会技術顧問、甲府市立甲府商業高等学校校長を経て、鹿島建設参与に就任し、同社空手道部師範となりました。
- その後、沖縄空手道協会会長、全日本空手道連盟相談役、儀間派松濤館流会長、全日本空手道志誠会連合名誉会長を歴任し、1956年に十段を授与されています。
こうした活動の中で、船越義珍直系の松濤館流の一派として「儀間派松濤館流」を確立し、現在もその名を継ぐ団体(儀間派松濤館流空手道協会など)が活動を続けています。
5. 著作・史料的価値
儀間は空手史研究者の藤原稜三との対談集『対談 近代空手道の歴史を語る』(ベースボール・マガジン社、1986年)を残しており、この書籍は前回のレポートでも引用したように、糸洲安恒・摩文仁賢和・船越義珍らの関係を伝える一次証言的な貴重な史料となっています。儀間自身が糸洲門下かつ船越門下という立場にあったからこそ、両者を繋ぐ証言者としての価値を持つ人物だと言えます。
まとめ
儀間真謹は、①糸洲安恒に学んだのち②船越義珍の直弟子となり初段を授与された、という経歴を持つ人物で、糸洲安恒・摩文仁賢和・船越義珍という前回取り上げた3人の系譜と直接つながる「次世代の証言者」的な存在です。松濤館流の中でも独自の一派(儀間派松濤館流)を築き、さらに空手史の対談本を通じて後世に貴重な史料を残した点で、単なる技術継承者にとどまらず、空手史研究においても重要な役割を果たした人物と言えます。



